誰もが将来には明るい未来が待っていると信じていた思春期。しかし、ジリジリと現実がすり寄ってきては自分の未熟さ、周囲へ振りまいてしまった棘に気付いて、道すがらに立ち止まってしまう経験があるはずだ。
それらを凝縮したかのような映画「I Like Movies アイ・ライク・ムービーズ」を見てきた。
概要
「I Like Movies アイ・ライク・ムービーズ」は2022年にカナダで公開された作品で、ジャンルとしてはコメディとなる。
2022年のバンクーバー映画批評家協会賞では「最優秀カナダ映画賞」「最優秀カナダ映画男優賞」「最優秀助演男優賞」「最優秀カナダ脚本賞」をそれぞれ受賞しており、同年12月にトロント国際映画祭が毎年発表するカナダ映画のトップ10「Canada’s Top Ten(カナダトップテン)」にも含まれている。
公式サイトでは『「カナダ映画の未来」と期待を寄せられる本作』という謳い文句があり、かなりの高評価を得た映画となっている。
映画評論サイトの「IMDb」では約3000件の評価投稿があり、10点中6.8点を記録。
日本向け映画評論サイト「Filmarks」では利用者が見たい映画を登録する機能「Clips」の数が22000件を超えているなど、国内の注目度も高い。
日本国内では12月26日金曜日から上映開始。劇場数はそこまで多くはなく、東京では「ヒューマントラストシネマ渋谷」や「新宿シネマカリテ」といった単館系映画館・ミニシアターでの上映が中心だ。
出演者と監督
映画産業の中心であるアメリカの隣国カナダで製作・上映された作品。出演者もまたカナダ出身者で固められている。
監督・脚本はチャンドラー・レヴァック。トロント在住で今作が長編映画の監督デビュー。今作以前ではミュージックビデオの監督を務めるほか、短編映画の監督も務めている。
主演はローレンス・クウェラー役を演じるアイザイア・レティネン。ラッパーという側面もあり、アメリカで放送された「グッド・ドクター」、カナダのテレビドラマシリーズに出演。今回、日本での上映に合わせて来日している。
あらすじ
カナダの⽥舎町で暮らすローレンスは映画が⽣きがいの⾼校⽣。社交性がなく周囲の⼈々とうまく付き合えない彼の願いは、ニューヨーク⼤学でトッド・ソロンズから映画を学ぶこと。唯⼀の友達マットと毎⽇つるみながらも、⼤学で⽣活を⼀新することを夢⾒ている。
ローレンスは⾼額な学費を貯めるため、地元のビデオ店「Sequels」でアルバイトを始め、そこで、かつて⼥優を⽬指していた店⻑アラナなどさまざまな⼈と出会い、不思議な友情を育む。しかし、ローレンスは⾃分の将来に対する不安から、⼤事な⼈を決定的に傷つけてしまい……。
Filmarks/I Like Moviesのページより引用
とにかく見る
12月28日のお昼12時。スクリーン内の座席は3分の2ほど埋まっていた。年末という忙しないこの時期ではあるが、注目度が高いことを伺わせる。
映画の舞台はカナダの田舎町。主人公であるローレンスは映画が大好きであり、授業でも自分が中心となって創り上げた作品を上映するほどだ。ただし、授業内容とは全く異なる映像なのだが。
彼の生活・人生において映画というのはかけがえのないものであり、心の支柱でもある。そのためこだわりが強い部分があり、好みではない作品をこっ酷く貶してしまうところがある。更には頭の中に浮かんだことをそのまま口に出してしまう。表面的に見れば社交性があるように見えて、どこかが抜けている。日本的に言えば厄介オタクそのものである。
彼の夢はニューヨーク大学で映画を学ぶこと。
ニューヨーク大学は文字通りアメリカ・ニューヨークにある大学。アメリカ国内では有力大学とされていて映画についての専攻科目がある大学だ。そこで大学の卒業生で憧れの映画監督・脚本家のトッド・ソロンズから映画について教わりたい。というのがローレンスの目指すところである。
ただ、この大学に願書を提出したからといって「はい、入学してください」というわけにはいかない。ニューヨーク大学は合格率が10%未満で、入学できたとしても高い授業料を支払う必要が生じる。ただ、ローレンスはそこをどうするのか、ぼやけたままにしている。
ニューヨーク大学に入学するには高い授業料を支払う必要があんじゃん!となってきたところで、ローレンスは行きつけのレンタルビデオ店でアルバイトをすることになる。
レンタルビデオ店が置かれている状況
作品の描く時代は2003年。
当時はスマートフォンという言葉なんて一般的ではないし、パソコンのディスプレイは薄型どころかブラウン管。映画に関しては、NetflixやAmazonプライムビデオといった動画配信サービスなんてのは夢のまた夢な時代。
そんな時代に映画を見るとなれば映画館へ行くかテレビで放送されるのを見るか、「レンタルビデオ店」でビデオをレンタルするか、という選択肢となる。「レンタルビデオ店」という存在は最新映画・旧作それらを網羅する魔法のような箱に近い。ローレンスは近所のレンタルビデオ店で多くの映画を見ていて、延滞料金の支払いを先延ばしているほどだ。
ここからは、レンタルビデオ店の現状がどうなっているのか。少しまとめていこう。現代を生きる我々からしてみればビデオレンタル店がどうなったか知っているが、脆くも崩れている。
日本ではレンタルビデオ店の大手であるゲオは業態転換を進め中古スマホ・リユース事業が好調、TSUTAYAはレンタル業だけでなく本とカフェの融合などを推し進めているがそこまで業績は目ぼしい状態でもない。
では、カナダの隣国・アメリカはどうなのか?というと、ビデオレンタルチェーン店を展開していた大手「Blockbuster」の顛末が有名だ。
Blockbusterはアメリカ全土でレンタルビデオ店を展開し、2004年頃が絶頂期に。最大で3000近くの店舗を展開していた。しかし、2007年頃から業績が下降し始める。要因はネット時代への突入。
Blockbusterの身が崩れていく中、著しい成長をしていたのが今では巨大企業となった「Netflix」だった。
Netflixは1997年にレンタルビデオ郵送サービスを開始。1999年にはDVD1枚ごとの料金形態から月額プラン・サブスクリプションプランを開始している。ただ、物事の始まりは必ずしも順風満帆とはいかず、損失を出していた時期でもある。この時期には競合となるAmazonから買収案を提示されていたりもしている。
その後はご存知だろうが、2007年にインターネットでの動画配信を開始。するとハウス・オブ・カードのヒットからの独自コンテンツを充実させる。気づけば本業だったレンタルビデオ郵送サービスの利用者・売上を動画配信サービスが上回った。見事にレンタル業から動画配信サービスへ転換を図り、全世界でサービスが展開されている。
では、Blockbusterはどうなんだい?そのNetflixの成長を見過ごしていたのか?というとそうでもなく、郵送サービスを2004年に開始。Netflixと対抗するプランも発表していて、明らかな敵対心があった。そして、勝ち目もあると踏んでいた。
加えて、動画配信サービス時代にも備えていた。更にはNetflix側がBlockbuster側に買収を持ちかけたこともあった。しかし、契約した企業とは事が上手く進まない、Netflixの買収は拒否。そのまま突き進む。
Blockbusterは結果として時代の境目に生き残る手立ての全てが上手く行かず、2010年9月に倒産という結末を迎えた。
今作ではレンタルビデオ店が話の中心となっているが、別段レンタルビデオ店の良さを振り返るような展開にはなっていない。
ただ、レンタルビデオ店に思いを馳せるという意味ではこの映画は素晴らしい。棚と棚の合間に詰め込まれた映画やいかがわしい映像達。それらに触れて、一つ一つ吟味して消化するあの時間。動画配信サービスが普及して失われた感覚を思い出すことが出来る。
ちなみに舞台であるカナダのオタワにもレンタルビデオ店がもちろん存在する。ただし、その数はあまり多くはないようだ。
主人公にとってアルバイトは現実を知る場となる
主人公のローレンスがアルバイトを始めていくと、職場の上司であるアラナとゆっくりだが打ち解けていく。アラナを中心に職場の仲間とは良い関係を築くことができて、仕事も覚えて。順風満帆に見える。
しかし、どこか青春映画のような爽快感がない。
お金は簡単に貯まらないし、卒業の際に公開する映像も先生から提出するように言われても事がうまく進まない。唯一の友人であるマットとは疎遠になる。映像のセンスが自分よりも上な人と出会って。と、ゆっくりと現実がローレンスに近づいてきていた。本人も薄々気付いているが、映画を学ぶという夢が眼の前の現実をぼやけさせてくれる。
ローレンスはその現実になかなか直視できない。見ている側から声を掛けられるなら「うん、わかるよ!わかるけどさ!」とスクリーンの中に入っていきたくなるような行動もしてしまう。
主人公の姿を見ていると、自分が思春期の真っ只中の時に「何でもなれるような万能感」を持っていたことを思い出させる。ある意味「痛かった」「自分自身を中心に世界が回っている」という天動説的な思いを抱いていた。つまりは、自分自身が「無知」であった時期だ。
現実というのは無情だ。夢をずっと見ているだけでは生きていくことはできない。そして、求めていないのに新たな試練を与えてくる。
社会の仕組みが複雑であることを知ったり、夢を追いかける辛さ、人間関係の事細かな繋がりは決して自然発生で起こり得るものではないということを知っていく。思春期では辛さを思い知ることで万能感をすり減らし、大人という皮を被っていく。
この映画ではその大人の皮を被る瞬間を見せてくれる。
最後に
今作は「映画製作を通して成長する少年」というよりは「未熟さを思い知って静かに大人になる」というテーマが中心の映画かと思う。
舞台は2003年で今のようなハイテク・情報社会ではないのがまた良いアクセントになっている。多分、現代に蔓延るSNSがあればローレンスはあのような結末を迎えることは非常に難しかっただろう。あとはジミー・ファロンは面白いのか面白くないのか、という論争が当時から言われていることも知ることが出来る。
ローレンスというキャラクターに少々苛立ってしまう人もいるだろう。お前、それを言っちゃあおしめえよ。的な発言も出てくるが、不思議なもので最後のエンディングでは座席に座りながら、ローレンスの姿を見てホッとしている自分もいた。
今回は非常に面白かった。ぜひ、見ていただきたいが如何せん上映劇場が少ないのが難点だ。もし、チャンスがあればご覧になっていただきたい。
エンドロールが終わった後に照明が静かに付く。その瞬間に「映画って良いなぁ」と思わせてくれるはずだから。