屋上遊園地という夢の跡を追いたいわけだ「丸広百貨店 川越店」

屋上遊園地という夢の跡を追いたいわけだ「丸広百貨店 川越店」

時代は気づかない内に過ぎ去って、全てを古く錆びさせていく。それでもその時代を彩ったモノたちに縋りたい。という思いを持つ人はいつまでも絶えないものだ。

還暦祝いを買おうと思ったらさ

私の両親が還暦を迎えようとしている。11月には母が、12月には父が還暦を迎える。

社会の藻屑として仕事に対するストレスで周辺を破壊したい欲はあるものの一応は私も人の心を持った生き物だ。1つの人生の境目、そうなれば還暦祝いを買ってあげたいものだ。

ネットで色々と調べてみたりする。家電を買ってあげるのが良い、ギフト券をあげるのがいい、などなど。色々と情報が錯綜しているように感じて、正直参ってしまった。

ここで私は思った。もう思い切って「百貨店を歩いてヒントを得よう!」ということ

もう百貨店に行きゃあなんでもござれな空間である。もしかしたら何を買ってあげれば良いのかふと思い付きそうだ。

そんなことを思っていた場所というのは職場である。休憩時間ではない。勤務時間真っ只中である。みんな仕事に忙殺されて大変な時に考えていた。それを尻目に自分のiPhoneで検索。いやいや時には息抜きも必要なので致し方ないことである。

では仕事帰りに近くの百貨店に立ち寄ってみようじゃーん。と思い、近くの百貨店をGoogleマップで調べてみることにした。

すると「丸広百貨店」と表示された。

彩の国の百貨店、丸広百貨店ホームページ。埼玉県内の各店の店舗情報やイベント、フェア情報、ファッション、ライフスタイル、フードなどお得な情報をご紹介。オンラインシ…
www.maruhiro.co.jp

百貨店と言えば「三越」「伊勢丹」「大丸」「松坂屋」「高島屋」etc…と全国で有名な店舗が多数ある。ただそれらを差し置いて「丸広百貨店」と表示された。

私が働く場所というのは埼玉県である。そして表示された場所は埼玉県で川越市の中心部にピンが刺さっていた。正直に申し上げたい。

丸広百貨店の存在をこの時に始めて知った。

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丸広百貨店ってなんじゃい

秋田から引っ越し、首都圏で暮らしてもう10年を超えてしまった私だが「丸広百貨店」をここで始めて知ることになった。

丸広百貨店・・・?知らない子ね・・・?

ではここいらで丸広百貨店とは一体何だいね?ということで少しまとめていこう。丸広百貨店が開業75周年に合わせて公開したページがあったので、これらに沿って見ていく。

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丸広百貨店の創業者である大久保竹治の個人商店「丸木商店」が1939年に飯能町原町で創業。1949年に株式会社丸木が設立。

埼玉県飯能に「飯能店」が、川越に「川越店」、東松山には「東松山店」が開業。その後社名を「丸広百貨店」に変更。

1963年には本店を川越に移転し、翌年の1964年には百貨店営業許可を取得。川越店は地下1階、地上5階、塔屋2階、初めて百貨店法に該当する店舗となり丸広百貨店の中心地として稼働していく。

百貨店事業だけでなくショッピングモール(専門店など外部テナントを入れて営業)事業も開始。店舗数を拡大していく。

その後はバブル経済崩壊後の不景気に踊らされて、売上低迷・店舗閉店・事業売却といった流れもあったが、百貨店業態では現在は3店舗(川越・飯能・入間)が、ショッピングモールについては3店舗(南浦和・アトレマルヒロ・上尾)が、更にはまるひろ miniという小型店も営業中だ。

ご覧の通り、丸広百貨店は埼玉県で店舗を展開している所謂「地方百貨店」である。東京に隣接し、大手百貨店との競争に晒されていながらも何とか持ちこたえて、地域に根ざした百貨店ということだ。

ja.wikipedia.org

やっぱり百貨店には夢がある

丸広百貨店について調べていくと、「川越店」の屋上に「遊園地」がある。という記述を見つけた。というか、百貨店フリークな人たちからしてみればもはや常識当然のことらしいのだ。

私はその情報に興味を持っていかれた。

このサイトで以前にマルカンデパートの大食堂についてご紹介した。

岩手にある憧れのデパート食堂・・・!花巻のマルカンビル大食堂で食事したいんだ!
憧れというのは儚く脆くも時代の風に吹き飛ばされて、一生自分の前には戻ってこないものだ。 デパートという概念が薄れゆく中、憧れだったあの「デパートの食堂」をまるで…
tetsu-dakawa.com

百貨店のイメージである「高級感」「品のある」なんてものをパッキングしたかのような食堂が当に岩手県花巻市にあった。ここで食した「ナポリカツ」は大変美味でありんした。

どうしても百貨店というのにはスーパーやネット通販では感じられない「趣」があるように感じた。

現代に於いて百貨店は人々の経済行動の変化によって、赤字を出しているだとか閉店しただとか。そんなマイナスイメージがつきまとう。それに今は以前と比べ物にならない程に百貨店の立場は厳しいものだ。

高級ブティックや高級アンティークだけでは難しいからユニクロやビックカメラといった大手テナントを誘致したり、デパ地下や催事などを頻繁に入れ替え・開催などをして人を呼び寄せるようになった。良く言えば柔軟、悪く言えば品の消失。

百貨店は戦後から始まった高度経済成長期ではおめかしをして行き、どこか品が良く、そして非日常感を演出するような空間でもあったと思うと、そんな空間に体を置いてみたい。今とは違う百貨店を感じてみたい。とないものねだりをしたくなっていった。

そして今回見つけた「丸広百貨店」は非日常感を演出する「屋上遊園地」を有していた。

文字通り、百貨店の屋上に子供向けの遊具コーナーが設置されている場所を指している。発祥は東急百貨店で全国各地に点在したものだった。

では、今回の「丸広百貨店」には「屋上遊園地」がある。と行きたいところだが、残念なことに2019年に終了してしまったらしい。とても残念なことである。

埼玉県唯一の県紙「埼玉新聞」のニュースサイト。さいたま、川口、川越、熊谷、春日部、越谷、秩父など埼玉県内の事件事故、政治行政、経済、スポーツ、話題を発信。夏の高…
www.saitama-np.co.jp

ただしかし、ここ最近の百貨店の「趣」を感じ取りたい自分にとってみれば「丸広百貨店」はとてもベストな場所に思える。

今回は丸広百貨店の川越店を訪れて、体に「趣」を染み込ませてきた。

ちゅうわけで川越

ということでやってきた川越駅である。

川越は以外にも行き方は豊富である

川越駅にはJR川越線や東武東上線が乗り入れている。訪れたのは平日の真昼間。コンコース近くやデッキには人がごった返していた。

JRより東武の方が優位らしい

今回の目的地である丸広百貨店の川越店は歩いて10分ぐらいの所にある。川越のメインストーリー的・商店街的な通り「クレアモール」のど真ん中辺りにあり、

これがクレアモール

通りの始発点からも丸広百貨店と思われる看板がデンと立っていて、街の中心部にあることをまざまざと見せつけてきた。

いるっ!

どんどんと近づいていくと「maruhiro」という文字が。想像以上にデケェぞこりゃ。

みずほ銀行よりスギ薬局より・・・デカいっ!

そして今回の「丸広百貨店 川越店」が登場。

「maruhiro」のパワー。恐れ慄く・・・

写真を撮っていると結構大きいな・・・と思わざるを得ない。ただの地方百貨店じゃねぇぞ、コノヤロウ。と圧を感じるでねぇか。

店内へ

店内に入ると1階部分はTHE百貨店という感じて御婦人向けの雑貨が並んでいた。またクリスマス商戦真っ只中という感じの装飾が。そしてマダムでいっぱい。

地下1階に行ってみると如何にもデパ地下という雰囲気。様々なお店がある中で回転焼(大判焼きという人もありけりなあの丸っこい食べ物を取り扱う)でお馴染みの御座候が店舗を構えていて、結構な人が並んでいて、とても活気があった。

地方の百貨店というのは苦境に立たされることが多く、人もいないだ売上がないだという声が上がる。ただ丸広百貨店はそんな心配は無さそうだ。

都内でも7階まで有している百貨店ってまぁないでござんしょ?

フロアマップを見てみるとなんと7階まである。一部閉鎖されているエリアがあるとか、取り扱う商品が少ないとかそういうことではない。びっしりと上から下まで営業している。大手百貨店と遜色ない大型店舗だ。

丸広百貨店のバーコード決済もあるらしく、そんなサービスを展開できるパワーもあるようだ。

百貨店特有の積立という文字

さぁ6階までやってきた。6階から7階までは階段かエレベーターのみでのアクセスになるそうだ。そして6階の階段部分には、

レベルアップしたら行ける階段みたい

「お前が来るのを待っていたぜ・・・」と言わんばかりにデカデカと案内が貼られている。いよいよ行く時が来たようだぜ・・・

以前までは屋上遊園地「わんぱくランド」として営業してたようだが、現在は「エンジョイ広場」として解放されている。

ビアガーデンもやったりするらしいぜ

利用時間は18時までとなっている。

注意書きもあった。喫煙やゴミのポイ捨てはもちろんのこと、ボールを使った遊びなども禁止と「以前にやったやつがいるのか?」と思ってしまうような内容だった。

こういうのはダメだぜ!

扉の近くには「テントの持ち込みはご遠慮」なんていう注意書きも。テント持ち込みして広げたやつがいる…ってコト!?というちいなかわな感情を抱きそうになる。

屋上へ足を踏み入れる

いよいよ屋上へ。足を踏み入れるとこんな感じ。

見よ!これがiPhoneのパノラマ撮影の力じゃ!

立っている場所から横に広い空間が。ベンチやフェンス際にはテーブルが用意されていて、休憩スペースとして有効活用されているのがわかる。また人工芝が敷かれていて、そこに20代ぐらいの男女が寝っ転がっていた。

屋上遊園地はバンダイナムコのゲームセンター事業「バンダイナムコアミューズメント」が運営を行っていたという。そして以下の写真付近に小型観覧車が設置されていたらしいが、

遊園地があったといえば広い空間ではある

残念ながらその当時の雰囲気というのは感じられない。屋上にはモノレールや立派な鉄骨を敷いてその上に遊具がなぞっていく「飛行機」なんてものもあったそうだ。ただ、虚しくそこには空間が広がるだけだ。

画像では感じることはできないだろうが、屋上は想像よりも広く、屋上遊園地として成り立っていたことがなんとなく理解できた。

丸広百貨店の◯に広と書かれた看板と通りから見えた「maruhiro」の看板が大きく鎮座する。こういう看板を見るとここで長年経営・営業してきた丸広百貨店なりの矜持を感じる。

デカい看板は店の大きさを表すんですなぁ

屋上から下を覗く。川越駅につながるモールとは反対方向には駐車場が広がっていた。平日の真昼間ではあったが、多くの車が駐車していて、警備員さんはとても忙しそうに手信号を出している。

車で来る人多し。なんですなぁ。

ここ最近は立体駐車場などを使って省スペース化するのが当たり前となっているが、川越店に関しては多くの土地を有しているようだ。

屋上には遊園地の残り香がなんとなく残っているような。そんな感じの設置物が多い。ひらがな表記だったり、

小さくmaruhiroというロゴがあるのも何かいい。

まだ余裕が感じられた時代の装飾物だったりと。

こういうのって破損した時に代替品が無かったりするんですよねぇ

エレベーターもまた良きかな。各階を点灯させて表示する方式のやつ。

7の圧

そして踊り場。こういう空間も今では不必要と判定されて、あまり人目につかないようになってきた。というか、あんまり無いように思う。

階段を降りていくと店の楽しい雰囲気が広がっているこの感じ。

神社もある

丸広百貨店 川越店の屋上には神社がある。その名も「民部稲荷神社」だ。

キレイに整備されているようで

この神社では「足腰」にご利益があるとされる。狐が人間に化けて相撲をしていた、という伝説があったりするらしい。

現在は家内安全や商売繁盛のお稲荷様として鎮座しているそうな。

屋上遊園地は残り少ないらしい

時代を彩ってきたと言っても良い百貨店の屋上遊園地は全国各地に点在していたというのに、気付けば全国で残り数箇所になってしまったそうだ。

 百貨店の「屋上遊園地」が各地で姿を消しつつある。今年9月に営業を終えた遊園地もあり、朝日新聞の調べでは、常設するのは全国で5店舗になった。
www.asahi.com

大阪府高槻市の松坂屋高槻店にある屋上遊園地について特集した朝日新聞の記事によれば、以下の店舗で屋上遊園地が残っているそうだ。

 朝日新聞は10月、日本百貨店協会に加盟する全170店舗を対象に、常設の屋上遊園地があるかを電話で尋ねた。

 今も営業をしていると答えたのは、松坂屋高槻店のほか、松坂屋名古屋店(名古屋市)▽大和香林坊店(金沢市)▽いよてつ高島屋(松山市)▽浜屋百貨店(長崎市)の4店舗だった。

朝日新聞より引用

つまりこの記事によれば屋上遊園地は東日本には1つも残っていないということになる。屋上に「観覧車」という条件ならば、東京都大田区にある東急プラザ蒲田の「かまたえん」や神奈川県横浜市にあるモザイクモール港北などにもあるのはある。

ただ、遊具が並んでいて観覧車もあって・・・といういかにもな遊園地は完全に東日本から姿を消してしまった。

この先も屋上遊園地は人を集めて黒字にすることができるのか?とか、丸広百貨店のように耐震改修工事といった内部的要因や百貨店事業の見直しなどから消滅する可能性は残念ながら多く孕んでいると思う。

そういう点からしてみれば、ただぷらっと訪れるだけでなく、時代の流れや空気を知るうえでも1つ1つじっくり味わっていかないと後悔しそうだよなぁ・・・

今回の丸広百貨店 川越店の屋上では屋上遊園地が遺した夢の跡を追いかけた。もう少し、町中で人の賑わいや楽しい空気が残るようなお店がいっぱいあったなら嬉しいなぁなんて、川越の町並みを見ながら思ったりしたんだなぁ。