2012年の「踊る大捜査線 THE FINAL」から12年。
大人気シリーズが新たなスピンオフを引っ提げて、スクリーンに帰ってきた。
というわけで、「室井慎次 敗れざる者」を見てきたのでまとめてみよう。
概要
踊る大捜査線は1997年の1月にフジテレビで放送されて以来、テレビスペシャルや映画が制作された。
特に2003年に公開された「踊る大捜査線 THE MOVIE 2 レインボーブリッジを封鎖せよ!」は興行収入が173億円を超え、日本映画の歴代興行収入ランキングでは10位に位置するなど大人気作品となった。
織田裕二さんが演じる青島俊作以外にも特徴あふれる登場人物が作品に出てくるのもこのシリーズの特徴でもある。
その登場人物達をクローズアップしたスピンオフ作品もある。テレビシリーズ時で警視だった室井慎次を主役に据えた映画「容疑者 室井慎次」が、警部補の真下正義を主役にした映画「交渉人 真下正義」という2つの外伝タイトルがそれぞれ2005年に公開されている。
様々な展開を見せた踊る大捜査線は2012年の「THE FINAL」を持ってシリーズが終了。15年近くの長いシリーズが終了した。
そこから12年後の2024年。新たなスピンオフ作品として室井慎次を主役に据えた作品、「室井慎次 敗れざる者」が公開された。
監督
今回の作品では本広克行さんが監督を務めている。
踊る大捜査線のテレビシリーズの時から演出を担当しており、映画3作品では監督を務めた。
踊る大捜査線以外の主な作品は、人気劇団であるヨーロッパ企画の戯曲を映画化した「サマータイムマシン・ブルース」や香川県の讃岐うどんをテーマにした「UDON」がある。
アニメとなれば、「PSYCHO-PASS」シリーズの総監督を務めている。
出演者
主役はタイトルにもなっている通り、室井慎次で演じるのは柳葉敏郎さんだ。
1980年に俳優デビューをした後に、当時のトレンディドラマへの出演を重ねていく中、1997年に始まった踊る大捜査線シリーズに出演。
前述の「容疑者 室井慎次」では興行収入で38億円を超える大ヒットを記録。本人にとって室井慎次は当たり役となった。
しかし、室井慎次の人気とは裏腹に、演じる柳葉敏郎さんは苦悩を抱えていたそうで、「役が難しいから殉職させてくれ」とまで言い出すほどのことだった。
あらすじ
これまで現場の捜査員のために戦い続け、警察の組織改革に挑むなど波乱に満ちた警察人生を歩んできた室井慎次。27年前に青島と交わした約束を果たせなかったことを悔やむ彼は、警察を辞めて故郷・秋田へ帰り、「事件の被害者家族・加害者家族を支援したい」との思いから、少年たちと穏やかに暮らしていた。ある日、室井の前に謎の少女が現れる。彼女の来訪とともに他殺と思われる死体が見つかり、室井はその第一発見者となってしまう。その少女・日向杏は、かつて湾岸署が逮捕した猟奇殺人犯・日向真奈美の娘だった。
映画.comより引用
室井慎次という男の経歴
さて、この作品を見るうえで重要なのは「室井慎次という男が警察という巨大な組織でどんな人物でどんな役職だったのか」ということだろう。
なので、Wikipediaから引用という形の上で少し経歴を見ていこう。
出身地は秋田県・由利本荘市。テレビシリーズが公開された当時は本庄市、2005年に由利本荘市となった。
最終学歴は東北大学の法学部。そこからキャリア組として警察庁に入庁。という流れである。
テレビシリーズ当時の肩書は「警視庁刑事部捜査第一課強行犯捜査担当管理官」、映画1作目では「警視庁刑事部参事官」となったが、上層部の命令を無視したということで北海道警察本部の美幌警察署署長という形で左遷されている。
その後、警視庁に復帰すると様々なところを転々とし、2003年には「警視庁刑事部捜査第1課強行犯捜査担当管理官」として現場に復帰している。
ここまで見てきて思うことは、まぁ色んなところを渡り歩いてるし、肩書きが長い。
というか現実で、そんなに振り回されるような人事あるのだろうか。また、テレビシリーズや映画作品には出てこない経歴もあるそうで、かなりのファンの人でないと奥深く追うことはほぼ不可能だ。
ただ、逆に捉えればそれだけ踊る大捜査線というのは奥深い作品なんだ。と捉えることはできる。
その後の経歴は是非Wikipediaや踊る大捜査線の出版物で確認していただくとして、今回の「室井慎次 敗れざる者」ではどんな肩書を持っているのだろうか。
踊る大捜査線の最後の作品であるTHE FINALで室井慎次は、警察という巨大組織の抜本的改革を目指すという形で「警察庁長官官房組織改革審議委員会委員長」に就任した。
ただ、今作ではその思い、キャリア組として生きる室井慎次と現場で戦う青島との間で交わされた約束を果たせず、定年を迎えないまま警察を辞職。
作品の始めでは故郷である秋田へ帰郷している。というところからスタートする。
作品内の地理的情報
今回の作品の舞台は、室井慎次と演じる柳葉敏郎さんの故郷である秋田県が舞台となっている。
踊る大捜査線の多くが描かれた東京の湾岸部という華やかな場所から、一気に田舎も田舎という場所へと移っている。
室井慎次が住んでいる住宅がある場所は、秋田県北大仙市。北大仙市というのは存在しない地名で作品内での地名である。ただ、大仙市という地名は存在する。
秋田県大仙市は秋田県の中心部分に位置する。
大仙市が誇るものとして、大曲の花火大会で有名である。秋田新幹線で秋田市・東京方面へアクセスすることが可能だ。近くには仙北市の観光スポットである田沢湖があったり、また「みちのくの小京都」と呼ばれる角館もあったりする。
では、室井慎次の出身地となる由利本荘市はどこにあるのか。
大仙市は内陸に位置しているが、由利本荘市は沿岸部に位置する。大仙市との距離は近いとは言えない。なぜ、故郷である由利本荘市に家を構えなかったのか。それもまた作品内で問われる疑問となっている。
ちなみに、由利本荘市には映画館が存在しない。仙北市のイオンシネマ大曲か秋田市内の映画館でないと今回の作品を鑑賞することは出来ない。
とにかく見よう
長い前置きがあって個人的にも驚いているが、今回の感想に移っていこう。
作品が始まると室井慎次は警察という巨大組織の中で厄介者扱いされているところから始まる。現場で走り回る者達のことを思うがあまり、組織内部での評価は下がっていた。組織改革を目指していたが、その思いを果たすことが出来ず、定年という節目を迎えないままに故郷の秋田へと戻っていく。
秋田県内に構えた自宅は囲炉裏があり、近くに大きな池がある。そして農作業をしていて、喧騒で溢れていた東京とは変わって静か。
なんだかここだけを見ていると室井慎次は悠々自適なセミリタイアライフを送っているように見える。ただ、その自宅には事件にあった被害者家族や加害者の家族を支援したい本人の想いから、二人の少年と暮らしていることがすぐに明らかとなる。
その少年たちとぎこちなさを見せながらも、必死に料理を覚えようとしたり、少年たちの学校生活を気に掛けたりする。
・・・あんなに巨大組織で足掻いてきた室井慎次を思うと、秋田への帰郷は「室井慎次の転生モノ」「室井慎次のスローライフ」的な感じに見えてしょうがない。いわゆるなろう系なのか?
過去の踊る大捜査線では、始まったら登場人物たちによるコミカルな動きとセリフからの犯罪が発生!という流れとは一線離れている。
なんだ、心温まるセカンドライフを描くのか。
と思ったところで、急に近くの土地で死体が発見される展開が発生。その死体は踊る大捜査線の映画2作品目である「レインボーブリッジを封鎖せよ」の実行犯の内の一人だったことが判明する。
そこから、周辺地域の住民から村八分的な感じで厄介者扱いされていき、置いてきたはずの警察のしがらみが、また室井慎次に絡みついてくる。
秋田県という場所
前述の地理的情報をご覧の通り、舞台は秋田県。筆者である私も秋田県出身であり、注目度はそれなりに高かった。どんな風に秋田を描くのだろうかと。
この作品内に描かれている秋田県は非常に田舎である。
「なぜ私がこんなところに」なんてとある登場人物が発するが、秋田という場所があまりにも古臭く、THE田舎という場所だ、という意味を観客たちに提示する。ただ、残念ながらその描写は正解だろう。
秋田県内で発展・活気が溢れている地域というのは秋田県内を見ても非常に限られている。精々、秋田市内の国道沿いだろうか。
県庁所在地である秋田市の秋田駅なんか夜の20時近くになると、通るのは人ではなく風だけという淋しい状況である。
それに加えて、閉鎖的な空間としても描かれている。
いくら秋田県出身で警察で勤務していた室井慎次でさえも、周辺住民達から見れば「外部からやってきた人物」として大きく括られる。
排他的で同調感が強い空間で室井慎次は子ども達を守りながら戦うことになる。
そんなあまり良く描かれていない秋田県で発生する遺体遺棄事件が異様に見える。どうしてこんな場所に遺体を置いたのか。どうしてその遺体が過去に関わった人物だったのか。
排他的な空間であり、喧騒やトラブルとは縁が無いような土地。
浮かび上がっていく疑問とそんな環境が観客を惑わせていく良いエッセンスとなるのだろう。
前編として見る以外に選択肢はない
閉鎖的な環境で発生した事件、そこから生まれる違和感と疑心暗鬼、そして過去の踊る大捜査線と繋がる人物…前編ではそこが描かれている。
「室井慎次 敗れざる者」はとにかく前編であり、後編となる「室井慎次 生き続ける者 」が11月に公開に公開される。つまり、今回の作品は後編に向けての伏線が張られていく過程、風呂敷を広げていく過程を観客は見ていくことになる。
そこがもしかしたら、人によっていただけないポイントなってしまう可能性がある。話がどんどん広がっていく分、何も解決する糸口が見えないという不満。そんなのを思ってしまうことは否めない。ただ、後半では伏線を回収していくことを期待したい。
また、12年という時間の長さは非常に重いということ。
踊る大捜査線という作品が持っていた空気感というのが、どうも思い出せない、空気を掴めないままに前半が終了してしまう観客の人はいくらか存在する可能性がある。こんなにコミカルだったかな?であるとか、もっとシリアスじゃなかった?とか。
そんなことにならないよう、十分注意して鑑賞して欲しいところだ。
今回はまぁ面白かった。
踊る大捜査線を長年見続けてきたファンの皆さんからしてみれば、新たに動き出したシリーズに熱い思いがあるだろう。後編だけでなく、本編もまた続いていくのか気になるところ。
最後に、前編を見るうえで注意したいところを挙げよう。
過去の踊る大捜査線の映画作品を見ることは、確実におすすめしたい。
室井慎次というキャラクターを理解するだけでなく、青島との現在の状況や過去に登場した人物達も合わせて登場する。それを理解できないのは非常にもったいない。
あと、「レインボーブリッジは封鎖できなかった」これは見る前に、確実に頭に入れてからスクリーンへ向かおう。