日本サッカー界にも聖地というのが存在する。
場所は東京のど真ん中に位置する「国立競技場」だ。そして開催は金曜日、そしてナイター。週末へ向けてどこか浮足立っている大都会の中心で少しばかり熱気が高まっていた。
キックオフは19時。レフェリーが知らせるキックオフのホイッスルと共に、スタジアム内は四方八方から轟く熱き応援と芝の上で踊る選手たちのプレーで充満する。
そんな環境に自分は身を置いてきたわけだ。そんな場所で熱気を全身に浴びたわけだ。
目次
国立競技場で熱き空間にいたことがない
4月11日。私はその日に休みを手に入れた。これで3連休を手にし、何でも出来る無敵状態となっていた。しかし、1週間前になっても何をする予定も無かった。記事を作ったりする以外に、あまり予定がなかった。
そんな中でふとニュースを見かけた。Jリーグのニュースだ。Jリーグは気づけば10節を迎えていて、4月11日からは11節目に突入するかというところだった。
そして、次なる試合の予定も併せて掲載されていた。次の試合は「国立競技場で開催されるFC東京vs柏レイソルが注目」というもの。
国立競技場でJリーグかぁ。私の中で一気に注目が吹き上がった。
2016年に着工し、2019年に完成した現在の国立競技場。
私は新たな国立競技場に2度サッカーで訪れたことがある。1度目は2022年に開催された国際親善試合・日本vsブラジル。ブラジルの中心的存在であったネイマールも出場した試合。


そして2度目は2023年に開催されたクラブチームの親善試合・マンチェスター・シティvsバイエルン・ミュンヘンとの試合だ。
どちらも注目度の高い試合だったし、多くのサポーターが詰めかけた試合でもあった。
しかし、両日ともに少々迫力に物足りない部分があった。
まず国立競技場で初観戦となった日本vsブラジル戦は、2022年当時はコロナ禍真っ只中。入場人数には制限がなく63638人が来場、新しくなった国立競技場で開催されたサッカー日本代表戦では一番の入場者数を誇っている。
が、しかし、声出し応援については制限があり、マスク着用は必須。サムライブルーの選手たちに向けられる熱い応援が少なかった記憶がある。
次にマンチェスター・シティvsバイエルン・ミュンヘンの試合に関しては、親善試合ということもあり、どうしても真剣勝負というには物足りなさがあった。もし、これがヨーロッパで開催されるチャンピオンズリーグなどであればとんでもないビックマッチなのだが、見世物としての要素が強い。イベントとしては非常に面白みがあったものの、これもまた迫力に欠けた部分もあった。
今は何も制限がない状態のスポーツ界。そして、国立競技場で真剣勝負が見られる。
そう思うと興味は一気に募っていった。更に「東京23区」でJリーグが見られるという部分にも非常に注目したかった。
気づけば友人を誘い、チケットを入手していた。
“東京23区”ではJリーグを見られる機会が少ないだよ
なぜ「東京23区でJリーグを見られる」ことに注目したいのか。それは少しJリーグの歴史・現状に触れてみる必要がある。
1991年に創立し、1993年から開始された日本プロサッカーリーグ・Jリーグ。
現在、日本各地にJリーグに所属するチームが点在し、最高位となるJ1には20チーム、2部となるJ2にも20チーム、そして3部となるJ3でも20チーム、合計で60チームがJリーグに参加し優勝を目指し毎年戦いを続けている。
そして日本の3大都市である東京・名古屋・大阪にもJリーグに所属するチームが存在する。
まず名古屋は「名古屋グランパス」が、
大阪には「ガンバ大阪」と「セレッソ大阪」が存在する。
そして首都である東京には3チーム。現在は「FC東京」と「東京ヴェルディ」、「FC町田ゼルビア」が東京都内にチームを構えている。
さて、本拠地はというと「FC東京」と「東京ヴェルディ」は東京都調布市にある味の素スタジアム(東京スタジアム)をホームとしている。
「FC町田ゼルビア」は東京都町田市にある町田市立陸上競技場(町田GIONスタジアム)をホームとしている。
そう。どのチームも東京23区内に本拠地を構えていない。
なぜ東京23区内をホームとするJリーグのチームが存在しないのだろうか。
はっきりとした理由は存在しないのだが、大方の見方として「東京23区は人口密度が高く、用地の確保が難しい。そのため、スタジアムの整備が遅れた」であるとか、「歴史的に地域密着型を目指す方針から郊外にチームが誕生してきた」などなど様々な理由があるらしい。
チームもないし、Jリーグが開催できるスタジアムも「国立競技場」以外にほぼない。そういうこともあって、現在は東京23区内でJリーグを見る機会というのが非常に少ない。
ただ、それをJリーグは逆手に取っている。
聖地としても名高い国立競技場での開催を「THE国立Day」とブランド化し、集客に活用しているのだ。
2024年シーズンには開幕戦となった東京ヴェルディvs横浜F・マリノスの試合を皮切りに合計で13試合が開催。
そして今年・2025年シーズンは合計で10試合を開催することとなっている。
わざわざブランドロゴを作り且つ国立競技場での開催を特別化している。
ここで疑問なのは「たかがリーグ戦1試合、どれだけ影響力があるのだろうか?」というところだ。
更には、ブランド化は成功しているのだろうか?また人々が集まりやすい東京のど真ん中で開催されるJリーグはどのような立ち位置にいるのか?
それを自分自身で確かめたい。というのが、今回の記事の趣旨である。
じゃあ、行ってみよう
まぁ、うだうだ言っている暇があるならば行動したほうが速いだろ!ということで、実際に4月11日に国立競技場へ向かってみた。
国立競技場の最寄り駅の一つであるJR中央線の千駄ヶ谷駅から行ってみよう。
到着時刻は16時45分。キックオフ予定時刻は2時間以上先の19時と少し早すぎたか?と思ったが、駅前には各々ユニフォームを身にまとい、改札を抜けていく多くの人達を目にした。

天気は駅到着と同時に小雨が降り始め、国立競技場が眼前に巨大な壁として登場した16時50分頃には空からは非常に強い雨が降りしきるという生憎の天気となった。

そんな天気ではあったが、国立競技場周辺は多くの人々が集まり、キックオフの時間まで楽しもうとしていた。
特に印象的だったのは、隣接する東京体育館近く。
国立競技場までの道すがらには多くのキッチンカーが並ぶ様々なグルメを提供していた。
このキッチンカー近くにはホームチームとなるFC東京のサポーターはもちろん、対戦相手となる柏レイソルのサポーター、ユニフォームは見つけていない人などが集まり食事を楽しんでいた。どこか遠目から見るとお祭りのワンシーンに捉えられそうな瞬間だった。
ホームとアウェーなんて関係ない、サッカー・フットボールを軸にして、人々が集まる機会が創生されていた。
通路にはFC東京のポップアップストアがあったり、

FC東京の選手をガン見する小さなサポーターを見かけたりした。

入場
キックオフまで2時間前となる17時が開場時刻。国立競技場周辺の人の多さに圧倒されながら、今回の入場ゲートとなるHゲートを目指す。
そして、Hゲートに到着すると、

すごい人の列。写真で見ると奥行きを感じないが、先にはまだまだ人がいる。
「みなさん・・・お仕事は・・・?」と聞ける機会があったのなら聞いてみたいぐらいに、多くの人が開場を今か今かと待っていた。
入場時刻となった17時。人の列は動かない。「あーこりゃ時間が掛かりますわ・・・」と思っていると、ゆっくりと列は動き出し、気づけば手荷物検査を受け、気づけばチケットは読み取られ、あれよあれよと言う間に、

中に入ってしまった。なんというスムーズさ。
なんやかんや言われる国立競技場だけど・・・
過去2回訪れたことがある国立競技場。正直なことを言うと、もう目新しさはないだろう。と思っていた。2回も映画を見たら名作でも飽きますわよね?というのと一緒だ。
ただ、その気持ちは簡単に覆されてしまった。

中央に鎮座する緑色の芝と白いラインとゴールポスト、等間隔に並ぶ敷き詰められた座席。それらを見ると、

「スタジアムっていいなぁぁぁぁっぁぁぁ!」と思わずにいられない。
一体なぜ、このような空間に足を踏み入れると興奮状態に陥ってしまうのだろうか。
でかい空間に気持ちが高ぶっているのだろうか。それとも、これから見られるであろう勝負の行く末が気になってしょうがないのだろうか。これは心理カウンセラーの人にお答えいただきたいものである。
さぁ座席に到着。場所はというと137ゲート近くの座席である。


国立競技場には陸上トラックが存在し、ピッチとの距離は球技専用スタジアムと比べると遠くなってしまう。

ただ個人的な感想としては「そこまで遠くは感じないかな?」というところだ。国立競技場の座席配置がすり鉢状になっていて、上から見下ろす形となっているのがポイントだ。
更にこの日は生憎の雨。座席に到着した時点で雨は勢いを弱めるどころか強まっていて、陸上トラックに水たまりを作るほどだった。

ただその雨を全て跳ね除けてくれたのが、上空に円を描く屋根。

以下の画像をご覧いただくと分かるかと思うが、トラックの端から走り幅跳びの場所までが濡れている。ただ、その内側には雨が入り込んでいない。

国立競技場でもしも雨の観戦となった場合でも雨ガッパを着る機会というのは非常に少なそうだ。
なんやかんや言われる国立競技場だが、6万人以上をも集めるスタジアム。基礎の部分は問題ないんじゃないのかなぁ・・・と思っていたりする。
サポーターが集まってきた
時刻は18時20分。キックオフまで1時間を切った。

ゴール裏となる座席には両チームのサポーターが静かに集まり、戦いの始まりを待っていた。

選手が練習のために入ってくる。柏レイソルの選手が纏う黄色が映える。

選手が一線を描くように柏レイソルサポーターの前でお辞儀をする。

柏レイソルは昨年は降格圏眼の前という苦しいシーズンを過ごしてきた。そして今シーズンは新たな監督の元で上位で花を開こうかというところ。期待いっぱい、拍手の塊が真反対に座る自分の座席まで飛んできた。
ホームとなるFC東京の選手もやってきた。陸上トラック上に同じように一線を描くように並んでいる。

ここまで2勝と勝利が喉から手が出るほど欲しい状況。選手も苦しいながらに何とか明るい展開を見出したい。
そして、それを後押しするようにサポーターもまた強い拍手を送っていた。
国立競技場内を少々闊歩する
キックオフが30分前となったタイミングでお手洗いへ向かうと同時に国立競技場内を闊歩することにした。

国立競技場内は落ち着きが優勢だった空気と変わり、騒がしさながらもどこか楽しげな雰囲気があった。
FC東京のゴール裏を覗いてみる。大きなフラッグを持つ人、長年着用しているのであろうユニフォーム、知り合いの人と戦術について語り合う人。様々な場面を見ることができた。

どこか入りづらい雰囲気があるゴール裏の中にはまだ中学生ぐらいの男の子がいたり、若い女性が数人がいたりしていた。

海外のサッカーを現地で見たこともないし、わからないが、様々な年齢層・人達が同じ場所にいて何も問題がないというのは日本特有な部分なのかもしれない。いや、大げさがと言われるかもしれないが個人的にはそう思った。
キックオフ
雨雲は緩急をつけながら、ピッチに雨粒を降らす。未だに上空に居座っていた。

そんな中、キックオフの時間がやってきた。国立競技場の照明が消され、会場内から歓声が上がる。

上手く撮れていないがピッチには映像が投影され、


花火も上がる。

FC東京のサポーターソング”You’ll Never Walk Alone”が歌われる。

いやいや、英語の歌詞をよく覚えていられるなぁと思っていると、遠くから柏レイソルのサポーターが自分たちの応援をし始める。音と音がぶつかり合い、ピッチの中間で混ざるような、そんな風に見える。
さぁ、キックオフの時間だ。
試合展開
詳しい試合展開については配信元であるDAZNの公式動画でご確認いただきたい。
さて特筆したいことが3点ある。

まずFC東京の仲川選手が決めた先制点。この時、ゴールは真反対のピッチで決まった。
ゴールが決まった瞬間、FC東京サポーターは「何があったの?」と状況把握ができていなかった。友人もわかっていなかった。かくいう私も全くわかっていなかった。
そんな最中、押し込まれる形となった柏レイソルサポーターも落ち込んだこともあり、ほんのわずか1秒に満たない瞬間だけ静寂が優勢となった。こんな大人数が入るスタジアムでこんなことが起きるのも不思議な話。
ただ、ゴールと分かった瞬間にFC東京サポーターは強く歓喜に湧く。これもまた現場でしか理解できない空気感ということなのだろう。
次に柏レイソルが後半も最後あたりに仕掛けた猛攻の中で起きたVAR。FC東京の選手がハンドだったのでは?というところだ。
この時、勝利が目前というFC東京からしてみると勘弁願いたいVARだった。このときもまたFC東京サポーターは大きなビジョンに映し出されたVARの文字にドギマギし、中には頭を抱え込む勢いで「マジカよ・・・」と落ち込む人もいた。
しかし、あっさりと確認が終了しハンドなしと判定されると、再沸騰したかの如く「イェーイ!」と歓喜に湧いた。同じチームを応援していると、同じ気持ちに人間はなるんだなぁと感心する。
さて、最後に柏レイソルが劇的も劇的な木下選手のゴールで追いついた場面。これもまた真反対のピッチで決まった。
真反対の出来事でボールの動きとどこまでがタッチラインなのか判然としない中、右サイドからグラウンダーで入ってきたボール。
それを見たFC東京サポーターの悲鳴。
それを確実に押し込もうか、という木下選手の動きに同期するかのように悶絶の声を上げる。
そして気づけば静かに揺れるゴールネットと中で強く回り続けるボールがそこにあった。

それを眼ではっきりと捉えたサポーター達は眼の前の状況を受け入れられずに唖然とし続けている。しかもそれが一人二人どころではない。何十人も何百人もが真反対で起きている出来事に「信じたくない」と同じ感想を抱き、目を覆いたくなっている。それもそのはず、試合は残り1分少々というところだったから。
しかし、それとは真反対に柏レイソルサポーターは静寂を破るかのように歓喜の声を上げ、勝ち越そうと言わんばかりに応援を続ける。先程まで勝利目前だったFC東京サポーターは愕然としたまま。
そして、無情のフルタイムホイッスルを聞いても、周辺に座るFC東京サポーターは体が言うことを効かないほどに脱力してしまう。
これがスポーツ、これがフットボール。同じ空間に集まり、同じ結末を目撃することのすごさ。映画、アニメ、ドラマ、小説といった作られた物語以上のストーリー。
国立競技場のど真ん中でそれを私は浴びてしまった。これだから、スポーツ観戦はやめられないのだ。
国立競技場での開催という意義
ただ、ここまでご覧になって思うところもあるだろう。
「別に国立競技場じゃなくても、調布にスタジアムがあるんでしょ?」
「横浜とか埼玉にもスタジアムがあるんだから、別に東京に固執しなくてもさ〜」
という意見も無くはないはずだ。
確かに、東京駅から東海道新幹線に乗り込んで新横浜駅から歩いて20分近くで日産スタジアム(横浜国際総合競技場)があるし、
東京メトロ南北線から埼玉高速鉄道・埼玉スタジアム線の浦和美園駅から歩いて20分近くで埼玉スタジアム2002も存在する。
どちらも横浜F・マリノス、浦和レッズと人気チームがホームとしていて、設備も充実しているはずだ。
なのに、わざわざ国立競技場で開催するメリットってなんだべね?ということになる。
個人的に今回の観戦で思ったことは東京都内であるからこそ「第一印象の植え付け」というのがあるんだろうなぁ。というところだ。
練習を見ている最中に欧米人の4人組が目の前を横切った。そしてFC東京サポーターの応援を興味深く見続け、スマートフォンで撮影をしていた。
更にフランス・リーグ・アンのFCナントのユニフォームを来た外国人2人組まで。
日本での観光から日本のフットボールというポイントが近くにあることによって、海外の人まで集められることが重要なのかなぁ。と思ったりもした。
海外に向けて展開を図りたいJリーグにとって、多くの外国人観光客がやってくる東京で開催するのは非常に重要であり、意義があるものだ。
更にアクセスも非常に豊富。
前述の千駄ヶ谷駅や隣接する信濃町駅を利用すれば東京・新宿からアクセスすることも出来る。
足を伸ばせば東京メトロ・都営地下鉄が乗り入れる外苑前駅や青山一丁目駅、国立競技場駅を利用すると渋谷・上野・浅草・豊洲・六本木といった地域からアクセスが可能だ。
また東京駅が近いのであれば、地方サポーターの来客も安易。
人を集め且つ不快にならないほどに帰宅が可能な環境というのは一瞬にして作り上げることはできないからこそ、国立競技場というのは聖地という言葉を超えて重要な場所なのだろう。
国立競技場での開催を一つの「Jリーグへの興味」のハブとして活用し、更に踏み込んだ先にある地元クラブへの興味へ。最終的には継続的な観戦、サッカーの発展へつなげたいという思いをしっかりと感じる観戦となった。
雨はやんでいた
国立競技場での開催は様々なメリットがあると同時に問題も当然あるはずだ。
また東京都内にJリーグが開催可能なスタジアムが少ない問題を解決することに表面的にはつながっていないのかもしれない。
それでも、この取り組みが将来的なサッカー・フットボールへの興味への引きつけのきっかけになるのであれば、やり続けるべきだと思っている。
試合終了後の様々な感情が渦巻いている中で轟いたフルタイムホイッスル。

肩を落とすFC東京サポーターと勝ったかのような柏レイソルサポーターに囲まれながら国立競技場を飛び出す。

空に目を向けると雨はやんでいた。劇的な試合展開のエッセンスとして雨が降ったのであれば、サッカーの神様というのはなかなかに憎い演出をするもんだ。